| 『明日へ』〜十年愛〜
平成元年３月６日、仙台駅の常磐線ホームで僕は彼女と出遭った。それが始まりだった。あと４日で区切りの10年になる。18で出遭い、21でつきあいはじめ、24で別れ、28まで僕はひきずっていた。彼女もついに結婚。 夕方から思い立って彼女からもらった手紙を一気に読み返した。３時間かかったその数173通。僕が大学生だった４年間のものだ。きれいな字で綴られた文面から当時の思い出がよみがえる。彼女はまじめだった。物事をきちんと考えて行動する。そして僕のことをとても好きになってくれていた。いいひととつきあえたと思う。感傷に浸っているのではない、節目節目に自己が形成されてきた過程を見つめ直すことは大切だと僕は思う。 美帆と会ったのは150回ほど。実質２年間で130回。学生のつきあいとしては多くない数だ。これは学校も違ったし、共通の友人もいないし、お互いの行動を拘束しなかったためだ。べたべたしたつきあいではなかった。それぞれが自分の活動領域をもっていて、互いの都合があえば会う、という感じだった。 中学、高校、大学、それぞれの時代につきあった女性が昨年結婚した。年賀状がそれぞれから届いたわけだ。３人とも同い年だったからそろそろゴールインしても不思議はないはずで、みんな性格に合っていそうな彼氏と仲良く写っていた。「ははは、俺もがんばらなくちゃなあ」なんて飲み屋で話のタネにするのだが、決まって「昔の彼女からよく連絡が来たなあ」と言われ、感心されることさえある。確かに毎年連絡をとりあっていたわけではないし、だいたいもう何年も話していない。昔を知る友人からは、「いい人とつきあってきた証拠だし、彼女たちにとってもおまえと過ごした時間はいい思い出なんだよ。」と言われた。なるほどそうだなあ、このごろは笑い話にしながらも少し得意気に話しているかもしれない。 僕が美帆に贈ったもの。花束、花博で買った置物、北海道限定ビール、中国のスカーフ、きびだんご、リボン、定期入れ、ネックレス、パジャマ、天皇賞・春１点的中で買った指輪、ハンカチ10枚、トルコで買ったトルコ石など。 僕が美帆にもらったもの。クリスマスプレゼントでもらった土鍋、彼女が初月給で買ってくれた就職活動がんばってネクタイ、就職おめでとうの財布、などなど書ききれない。卒論も全部ワープロで打ち直してもらったなあ。 よく旅行をした。だいたい初デートからして北海道、待合せ場所が函館駅の改札である。僕が鉄道旅行ファンなので移動は全て鉄道。僕は各路線の乗り初めを記録しているが、JRだけで27線も彼女の名が記されている。次に多いのが大学時代の級友Mで13線だからそのつきあわされ度が分かろう。 ケータイなんてなかったあの頃、待ち合わせには幾分かの緊張があった。時間や場所を約束するときはきちっとしていたと思う。約束どおりに相手が現れたときは嬉しかったし、待っている間にも期待と不安があった。自分が遅れたときには言い訳を考えながら駅のホームを急いだりした。 いつも僕が待たされた。待ち時間は出会えたときの喜びを増幅させる。「待った？」「俺も今着いたとこだよ」「うそばっかり。ごめんね」なんて会話はもうなりたたないんだな。今日も待合せスポットでは着メロがあちこちで流れていた。待ちぼうけって言葉はそのうち死語になってしまうんだろうか。 僕の東京生活は美帆を抜きにはありえなかった。そもそも地方出身の僕が浪人して東京の大学を志望した理由が東京の女の子（美帆）に一目惚れしたからで、彼女に逢いたい一心で京都で勉強をしていた。10年も前の話を長々とするのは止すが、もしかするとあの１年がもっとも夢中だったのかもしれない。 別れてから今まで美帆以上の人とは巡り会えないと考えてきたけど、昨年から考えを変えた。そんな後ろ向きで生きていたって面白くない。確かに純情な感情で同じ人を10年も好きでいられるなんてこれからありえない。だけどつきあい方なんて年齢や環境、その時々で変わっていく。いつかきっとまた誰かにプロポーズする日がくるさ。
10年先も 20年先も ずっと傍に居て欲しいんだ
10年間ずっと美帆が好きだった。彼女が僕の許から離れてからかなりの期間苦しみ悩んだ。あのころ初めて愛憎という言葉の意味が理解ったと思う。彼女のことを1秒も考えない日が続くようになったのはここ1年のことだ。しかし、今日手紙を読み返し、自分にもこんなに人から愛されたころがあったのだ、と改めて感じた。僕の21の誕生日、お互いを高めあえる関係でいたいと彼女は書いている。あれから７年、年賀状の美帆は純白のドレスで最高の笑顔を見せている。 二度とない青春を一緒に過ごせて本当に感謝している。そしてこの十年愛をようやく終わりにできそうだ。
君の笑顔 君のやさしさを ずっと 抱きしめて 平成11年3月4日記
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